kudan house
2025年2月24日
2025年2月24日
ぶらり建築散策
旧山口萬吉邸 通称「九段ハウス」に立ち寄りました。
場所は東京都千代田区。
皇居北側のお堀から日本武道館を背に靖国神社の鳥居手前の坂を登ると現れるその建物は、敷地面積962.18㎡(≒291坪) 鉄筋コンクリート造 地上3階/地下1階 延床面積847.16㎡(≒256坪)と個人邸と言われてもなかなかピンとこない規模。
施主の山口萬吉は江戸末期より小間物商で財を成した山口家の5代目。関東大震災後、耐震性を憂いだ萬吉が知識に富む設計者に依頼し1927年(昭和2年)竣工。
構造設計はその後東京タワーを設計する内藤多仲。意匠設計は木子七郎と今井兼次(助手)建築史家の藤森照信氏によると、設計の御三方は早稲田大のつながりで内藤多仲の自邸を三人で設計し、その関係性をそのまま山口萬吉邸に移したそう。施主との出会いについては、山口萬吉は慶応大でありながら早稲田大の内藤多仲の講義を聞きに通っていたらしくそれが御関係の起因とあった。(出典:TOTO通信©TOTO LTD.)スパニッシュな意匠は木子七郎によるもの。
竣工より90年後の2018年(平成30年)東急電鉄・竹中工務店・東邦レオの三社による改修事業が行われ設計を竹中工務店、施工を東京理建が担当し完了。国の登録有形文化財に認定され、現在は会員制のビジネスイノベーション拠点「kudan house」として新たな役割を担っています。
置かれてある作品はアートフェアによるものですが、便乗して建築見学してきました。
展示品はモノによりNGでしたが建築写真は撮影/掲載とも許可をいただいています。
連続するアーチ。
色・模様・素材が溢れています。
書院。このまま教科書に載ってそうなくらい整っている。
太閤桐も珍しいですが、右の模様は何という紋でしょうか。
モルタルの階段と木の踏み板。
無垢の手摺。魅力的な装飾。階段だけでも十分楽しい。
最上階ペンダントライトとフランジ。
3Fテラス。いい塩梅に燻されています。
深い軒、低位置の瓦屋根、見える木々。椅子を置くとわかっていたかのよう。
通気口。
スパニッシュ瓦。
緑青の雨樋。百合を模したでんでん。スタッコ壁。
ひとつひとつにこだわりを感じます。
耐震構造の父と称された内藤多仲。壁式鉄筋コンクリート造の壁厚は240㎜もあり2018年の改修においても耐震基準を上回っていたそうです。当時の図面や構造計算書を拝見しましたが、このあたりの良好な地盤が幸いしているのか相当な重量に対して地盤改良されることもなく改修を迎えたようです。
意匠設計は、一種のデコレーションかと思いますが曲線や斜線を多用しながら壁・床・天井のどこを見てもラインが通っていて美しい。人が見ないであろうところまで意匠されていて節々に一流の所作を感じます。RC露出部にはスレートのような笠木があり躯体に直接雨が掛からないようにと、長持ちさせるための設計がなされていました。
実行する職人、そして技術力。改修時、経年変化を当時のまま残すと選択された方々。いずれも敬服するばかり。
100年保てる理由は何だろう。
構造・意匠のいずれも改修されるまでほとんど手が加えられることなく建築当時のままだったといいます。改修後に於いても、今見えている瓦や壁・コンクリート・無垢の内装材・タイルなど100年前のものが当時と変わらずに使われ続けています。住宅の耐年数30年と言われる現代に於いてこの年数は驚異的です。
ヨーロッパの建物は数百年建ち続けていますがそれは風土にあった建築だからというのが理由です。ヨーロッパに比べると日本は雨も湿気も多く加えて地震も起こります。同じように持たせるのは難しいとおっしゃる方もおられますが、こちらの建物を見て同じことが言えるでしょうか。
この建物を通して言えるのは、構造・意匠ともにしっかりと設計がなされていれば木造でもコンクリート造でも30年程度は優に持つということです。加えるなら構造設計は現代の耐震強度を確保し、意匠設計は 日差し/雨風/汚れ から家を守る 屋根/庇/軒 の計画(日本の風土/気候に合う形)、選定する素材にあってはタイル・石・コンクリート・無垢材など千年以上前から使われている自然素材を適材適所に選定/設計することだろうと感じます。
風化と劣化。
少し素材の話をします。写真で紹介した緑青の雨樋は銅から作られた自然素材ですが、竣工当時はきらきら輝いていたはずです。それが経年により風化され別のものに見えるくらい変化しています。実際には銅の表面が酸化することで保護皮膜が形成され、それが錆として緑青色に見えています。同じようなものをお寺や神社の境内でご覧になられたことがあるかと思いますが、錆びているとはいえマイナスイメージと結びつきにくいのではないかと思います。経年とともにおこる風化がより自然な現象に見えるから、というのが理由のひとつに挙げられます。
一方で新建材と呼ばれる材料があります。工場で生産された内装ビニルクロスやプラスチック製品、いわゆる既製品と呼ばれる工場製品はこれに該当します。新建材は新品の状態を長く保つことを主目的に 変化しない/させない 材料です。一定期間綺麗な状態を保てる一方で、素材そのものが変化しないため不自然に傷や汚れが目立つこと、1サイクル○○年の期限を過ぎると劣化現象が起こるのも特徴です。
究極のメンテナンスフリー。
旧山口邸は良い意味で風化されていたように感じます。風化とは無理がなく自然に年月を重ねる状態を意味しますが、見えるものが一様に年齢を重ねているその姿が与える印象は大きいように感じます。傷も汚れもむしろ味として感じることができる。その認識はいずれ愛着に置き換わるように思います。愛着はモノへの親しみに変わる。そしてその感覚が さらなる経年変化を楽しむ という逆転の発想へとつながったのではないかと推察します。そうなれば究極のメンテナンスフリーですが、その最たる例がこの旧山口邸ではないかと感じました。
良い家(資産)を後世に残す。ヨーロッパで素敵だなと感じる建築の根っこにはこの発想があるのだと思います。
旧山口萬吉邸。
凛とした独特の空気感と燻しの効いたヴィンテージ空間。天気にも恵まれたのもあって屋外テラスの気持ち良さは半端ではありませんでした。傷も汚れもシワもあるのに素敵で恰好よかった。見学させていただけたご縁に感謝です。
常時開放された施設ではないようですが、機会があればぜひ。
普段立ち寄ることのない九段。靖国神社にお参りして帰りました。
撮影/Iphone